ザリガニ釣りに夢中だった少年が、今や地域医療の“橋渡し役”に――。
鴻巣でのんびりと育った少年時代、そして検査センターの営業職から病院の経営を支える側へと進んださくらライフグループ 栗橋病院 事務長代理 連携室室長の中越さんのこれまでをたどりながら、今、栗橋病院でどんな想いで働いているのかを伺いました。
■育った環境、子どもの頃の自分
――ご出身は埼玉県とのことですが、どんなところで育ちましたか?
鴻巣です。今では免許センターがある場所っていう印象かもしれませんが、僕が子どもの頃は免許センターのあたりは「国の農業試験場」で、その周りは田んぼばかりでした。
――幼少期はどのように過ごされていましたか?
勉強は全然やってなかったです(笑)
小学校の頃なんて学校終わってすぐに田んぼに行って、友だちとザリガニ釣りばっかりしてましたよ。
ゲームもまだ無かった時代だったので、基本は外遊びが多かったですね。
――じゃあ、もしゲームがあったら…?
それこそ中学生の時にちょうどファミコンが出てきて。ドラクエとか、夜通しやってました(笑)。
やり始めたらハマっちゃう方です。
――元気に外で遊んだりゲームしたり活発な少年だったんですか?
いや、どちらかというと、おとなしい子でした。あんまり話すタイプでもなかったですし。遊ぶ時は遊ぶけど、活発かって言われると…うーん、暗めだったかもしれません(笑)。
■最初の仕事は“営業”だった
――最初のお仕事は営業だったと伺いました。話すのが得意じゃなかったのに、どうして営業職に?
人と話すのが好きでとかで選んだ仕事ではなくて、正直、仕方なかったんですよ。僕が就職活動してたのって、ちょうどバブルが弾けた頃で。就職も厳しかったし、「営業ね」って言われたら「はい」って言ってやるしかなかった。任されたことをわけも分からず、やってました(笑)。
――でも今では、多くの人と関わるお仕事をされていますよね?
そうですね。今は栗橋病院で「事務長代理」と「連携施設室長」の役職を兼ねています。
■現在の業務と役割
――連携施設室とは?
地域の急性期病院やクリニック、施設等との連携を担当する部署になります。うちの病院は“慢性期”の病院なので、急性期での治療が終わった後に、家にはまだ帰れない…という方を受け入れています。
その後、自宅に戻るか、施設に行くか、継続して入院するのか…そうした“退院後の道筋”を調整するのも連携室の役割です。
――調整の現場で難しさを感じることはありますか?
ありますね。“全部をうちでやる”っていうのは不可能ですし、持ちつ持たれつでやっていかないといけない。やれる範囲を広げすぎると採算が取れなくなる。でも医療の質は下げられない。そこがすごく難しいです。
■検査センターの営業から病院の中の人になったきっかけ
――営業の頃も医療業界に携わっていたとお聞きしましたが、もともと医療業界を目指していたんですか?
そうですね、最初に入ったのは「検査センター」だったんです。
クリニックや病院から血液検査などを外注で受けて検査する会社の営業として医療機関をまわっていました。だから、病院の“外側”からではありましたが、自然と最初から医療業界には関わっていたことになりますね。
――検査センターの営業から、どのように病院で働くようになったんですか?
検査センターの営業として病院に出入りする中で、「病院で働いてみない?」って声をかけられて。
大きな理由があったわけじゃなくて、「ああ、やってみようかな」って。それで今に至ります。
――病院で働くことに迷いはなかったんですか?
もともと病院から見たら“取引先”だった自分が、今度は“取引元”に行くっていう不思議な感じはありました。でも、検査って病院のほんの一部でしかないから、逆側から見たらどんな風に見えるのかに興味があって。病院で働く事を決めたときには迷いより単純に“知りたい”っていう気持ちが大きかったですね。
■病院経営のリアルと地域との向き合い方

――久喜で働くようになって、地域にはどんな印象を持ちましたか?
ここは、あたたかく迎えてもらえた土地だと思います。「済生会さんのあとに入ってくれた」って空気があって、「ありがとう」と言ってもらえることも多くて、スムーズに地域に入れた感じがします。まだ地域のご希望に沿えないところも多々ありますが…
――この地域の医療環境について、どう感じていますか?
周辺には大きな病院が少なくて、基本はクリニックさんしかないんですよね。
だからこそ、栗橋病院としての役割はすごく大事だと思っています。
――具体的には、どのような役割を意識されていますか?
検査機器や設備も含めて、うちにはある程度そろっていますし、クリニックの先生方が「これは精密検査が必要だな」と思ったときに、安心して紹介してもらえる場所でありたいと思っています。
実際に、クリニックの先生から検査を希望された場合には、うちで検査を行って、その結果をクリニックさんへお返しして患者様にご説明していただく、というようなやり取りもしています。
――地域の医療機関との連携という意味でも?
そうですね。うちは全部を抱え込むことはできないけれど、逆にクリニックだけでは対応しきれない部分をうちが引き受ける。そうやってお互い補い合って、地域全体として医療の質を保つのが理想です。
――病院運営の面で、どんな現状を感じていますか?
今、病院の7割が赤字って言われてます。
民間病院には基本的に補助金がないので、自分たちでやりくりするしかない。
物価が上がっても診療報酬(点数)は国が決めるので収入は変わらない。
結果、どこをどう削るか――でも医療の質は守らないといけない。だから本当にシビアです。
ただ、やりがいはありますね。
■最後に
――栗橋病院を知っている方がほとんどだと思いますが、あえて紹介するなら?
栗橋病院は、令和5年4月1日に、一般内科・消化器内科・糖尿病内科・循環器内科・整形外科・形成外科の体制でスタートしました。その後、令和5年9月には腎臓内科と透析センターを設置し、人工透析の受け入れも開始しています。さらに令和6年7月からは、通院が難しい方にも診療を受けていただけるよう訪問診療も始めました。外来・入院・透析・訪問診療と、地域の皆さんのさまざまなニーズに対応できる体制が整ってきています。
どんなときでも「まずは栗橋病院に相談してみよう」と思っていただける存在になっていきたいですね。
――最後に、久喜市の地域の方へメッセージをお願いします。
今年から「人間ドック」も始めました。久喜市にお住まいの方でいうと国保加入者には助成があります。また「特定健診」も市の補助で受けられます。
病気じゃないと病院には行きづらい、という人も多いと思います。
でも、だからこそ「健康なうちに一度、健診などで来てもらいたい」と思ってるんです。実際に足を運んでもらって、病院の雰囲気やスタッフの対応を知ってもらえれば、「いざという時は栗橋病院へ行こう」と思っていただけるかもしれない。通院が難しくなった場合、訪問診療や長期入院もできるということも知っていただければ、「何かあったとき、ここに相談してみようかな」と思ってもらえるかと…、そんな場所になれたら嬉しいですね。